竹長育枝の事情 09
結局、育枝は小学六年生としての一年間、見事に1cmも身長の伸びを見せなかった。六年生までの恐ろしいまでの急激な伸びが嘘のようだった。
「良い卒業式だったね」
「うん、私すっごく泣いちゃった。光輝お兄ちゃんは泣かなかったみたいね?」
「泣きはしなかったけど、ぼくもすごく感動したよ」
今日は小学校の卒業式が行われた。もちろん超長身の育枝でも出席した。それは非常に異様な卒業式だった。
まず、卒業生入場。こういった式では背の順ではなく出席番号順に並ぶため、育枝は「た」から始まる名前なので中間に近い位置にいる。いつもの背の順並びなら一番後ろに付けば良いのだが、そうなってしまうと、168cmもの股下の長過ぎる脚により他の生徒と歩幅が全く合わないのだ。式の練習の際、練習とは言え妙に緊張してしまった育枝が自分の前に並ぶ背の低い生徒を股越ししてしまうというハプニングがあった。彼女がその脚を収められるように前後席の間は十分に広く保つといった配慮もされた。とは言っても席については、彼女の大きなお尻は席からはみ出てしまっていたが。そのため左右の間隔も広くとられた。ちなみに、席に座っていても、イスの高さと座高により彼女の身の丈は178cmもある。
次に卒業証書授与。名前を呼ばれて皆すっと起立するのだが、なにせ3mを優に超える身長の育枝には席は幅も高さも合わない。座席の位置が低いため、座っている状態ではまるで体操座りでもしているかのように膝の位置は高く、立つ時に上手く立てない。なんとか立つと、天にそびえ立つように、例えるなら草の丈の低い草原の中心に熱帯地方に植生する細く高い樹が植わっている情景だ。
壇上まで上り、校長から証書を受け取るのだが、もし仮に育枝が壇上に上がってしまうと、いくら育枝の腕が長いとは言っても、身長が150cmしかない校長からの証書手渡しの際にしゃがまなければ受け取れないのだ。そうなってしまってはあまり式に締まりがなくなってくる。そのため育枝のみ壇上には上がらず、体育館のフロアから受け取る形がとられたのだ。しかし不思議かな。その異様な光景は、育枝にかかってしまうと理にかなっているように思えるほど自然にできてしまうし自然に見えるのだ。ちなみに、育枝にとって壇上との段差は軽くひとまたぎできてしまうほどのものでしかない。
さらに卒業生による学校生活の思い出の掛け声と合唱では、大きな体のための相対的に大きな声と、こういうことに真剣に取り組む育枝の姿勢も相まって、ワンマンショーであるかのように目立っていた。ちなみに、すすり泣く彼女の声もまた目立っていた。
「光輝お兄ちゃんもうちに来るでしょ?」
「え、なんで?」
「私とお兄ちゃんのお母さんたちがうちで卒業パーティーをしてくれるらしいよ」
「そうなんだ?だからお父さんお母さんたち、早く帰ったんだね」
話しているうちに二人は育枝宅に着く。相変わらず大きな邸宅である。育枝の以前リフォームした時点で家の天井は3mで十分高かったが、今の育枝には天井と言えるほどの高さではない。全てにおいて窮屈になってしまったため、育枝の父親は再び家の改築工事をしたのだった。世の中は不景気にありながら未だに業績を伸ばし続ける二人の父親たちの企業は今や日本でも有数の大企業に上り詰めた。そのため育枝の家の総財産も日本有数なのである。よって、改築工事をいとも簡単にやってのけてしまう。相変わらず、育枝の父親は娘のための出費は全く惜しまない。惜しむことができないほどの財力がある。
「ただいま~」
「お邪魔します」
自宅に入る育枝はしゃがむことなく、まるで普通の人が普通に家に帰宅するかのように入る。もちろん廊下でも背筋を伸ばしたままで歩く。
「やあ光輝くん、よく来たね」
「こんにちはおじさん、さっきぶりです」
「あはは、卒業式での姿は立派だったよ。昔はこんなに小さかったのに、体も大きくなったしな」
「お父さんもおじさんと同じく180cmありますからね、遺伝ですよ」
「それもそうだが、まだ中学生前で170cmだったか?」
「いえ、174cmです」
「いやあ結構結構。なんとも良いことじゃないか、小学生には見えんさ」
「もうお父さん、お兄ちゃんでそうなら、私はどうなるの?」
頬を膨らませて育枝が上から父に文句を言う。その挙動も実にかわいいのだ。
「俺に似てイケメンだろう」
「イケメンは否定しないが、お前に似て、は否定させてもらおうか」
光輝の父親に育枝の父親がツッコむ。育枝と一緒にいて目立たないが、光輝もすくすくと成長している。クラスの男子の中では群を抜いていた。
「それにしてもおじさん、今回もまた一段と広く改築しましたね」
「あぁ、天井までは全室5mある。娘に関しての家具は全て合うように一新してね。風呂だって思い切って大浴場にした」
「それはさすがに思い切り過ぎじゃあ…」
「いや、昔から広い風呂の家に住むことが夢でねぇ、ハッハッハ!今夜は娘と一緒に入っていくといい」
「い、いえ、それはちょっと…」
育枝の父親の申し出に光輝は苦笑いで断る。育枝の父はいたって陽気な性格だった。
「え、一緒に入ってくれないの!?」
育枝がショックをあらわに光輝に迫る。
「……育枝ちゃん、ぼくたちもう中学生になるんだよ?」
「うん、だから?」
「いや、何でもないよ……」
「「アッハッハッハッハ!!」」
光輝の説明の意図をつかめない育枝。光輝は説得を諦める。そのやりとりを見て父たちは声を揃えて笑った。
「さあ、お料理ができたわよ」
母親たちがテーブルに豪華な料理を次々と運んでくる。その日は夜まで皆楽しんだのだった。