竹長育枝の事情 08
ゴンッ。
「痛ッ!」
高い位置から、鈍い音とかわいらしい声が聞こえる。
「大丈夫、育枝ちゃん?」
「うぅぅ~…だいじょうぶ…」
自分の頭に手を当てながら涙目になる育枝。視線の角度をめいっぱい高くしてそれを心配する光輝。最近は二人がこの応対をする頻度が多い。
六年生になった。男子は平均通り、まだ身長の伸びが緩やかである生徒が多い。一方女子は、男子よりも早く成長期が到来するためにクラスの男子よりも大きい女子は少なくない。しかしそんな中、育枝の成長は五年生から六年生にかけて、やはり依然として続けていたのである。
ついに育枝は人類史上最大の長身となったのだった。五年生半ばにしてギネス記録を更新し、常に更新し続けたのだった。身長の高さ世界一、股下の長さ世界一と未だ11歳にも関わらず二つの項目において世界の頂点なのである。ここまで成長してしまえば、教室の天井に頭をぶつけることは日常茶飯事になっている。
他にも先日、こんなことがあった。
「ちょっと~、やめてよ~」
休憩中、育枝が女子友達とじゃれついていた。
「ホントに育枝ちゃんはかわいいんだから~。こんなに体はおっきいのにね」
「もぉ、最後のは余計だっていつも言ってるでしょ?」
「だって、こんなに長くて細くてきれいな脚、羨ましくて嫉妬しちゃうくらいだもんね」
そう言って友達は手を伸ばして育枝の太ももあたりに触れた。
「きゃあッ」
くすぐったくて育枝は一、二歩後ずさった。
「ん…あれ、暗く?」
その時空気は凍ったのである。この場で疑問符が飛んだのは、育枝たちの側にいた光輝だった。日中教室にいた光輝はいきなり辺りが少し暗くなるのを感じたのだ。疑問に思った彼は何のためらいもなく、上を見上げた。
「こ、光輝おにい、ちゃん…?」
果たして、光輝の視界には、純真さを思わせる、全く汚れのない純白の、女性もののパンツが広がっていた。つまり、育枝が数歩後ずさった時、たまたま側にいた光輝を、なんとまたいでしまった、ということだ。厳密に言えば現在進行形でまたいでいる最中、と表現した方が適切だろう。同学年の友達をまたいでしまうことがたまにあったが、クラスで一番背の高い、ましてや幼馴染みという以上に特別な存在である光輝を股越ししてしまうほどに成長してしまったと思うと育枝は、悪い意味でショックというわけではないが、絶句してしまった。
「や、やあ、育枝ちゃん…」
「きゃ、キャーーー!!見ないでーーーーー!!!」
案の定絶叫してしまう育枝だった。
「またやっちゃったよぅ~」
「この学校、天井はコンクリートだから、ぼくとしてはたんこぶにならないかどうか心配だよ」
「う~~ん、まだなったことはないから大丈夫」
「まあでも、あれから酷いこと言われることもなくなったんでしょ?」
「うん!みんなも慣れたって言うのかな、まあそれも遅過ぎるんじゃないかとけど、みんな…なんて言うんだろ……、そう、愛嬌みたいに思ってくれてるんじゃないかと思う」
そんな会話をしながら育枝と光輝は保健室へと向かっていた。廊下の天井も教室と同じ高さなので育枝は常に気持ち頭を下げている。
「失礼しま~す」
「失礼します」
思い切りしゃがんで育枝は保健室へ入っていく。
何の用で訪れたのかと言うと、身体測定だった。普通は学期初めにだけ測るのだが、成長の速い育枝には特別に学期の半ばにも測るように教師から言われているのだ。
「じゃあ育枝ちゃん、マットレスに横になって」
あまりにも背の高い育枝は直立では目盛の位置が高過ぎて読み取れないため、マットレス(かなり大きいサイズだが育枝には脚の半分がはみ出てしまう)に横たわってメジャーで測るのだ。いつも測る役は光輝だった。
「い、育枝ちゃん!!」
光輝は目盛を何度も確認して驚愕の声を上げた。
「ど、どうしたの、光輝お兄ちゃん!?」
「四月の身体測定の身長の結果、何cmだっけ!?」
「えっと…310cm……」
「見てこれ!!」
光輝が指した数値は、310cmだった。なんと、四月から二ヶ月ほど経ったというのに、1cmも伸びていなかったのだ。
「や、やった!私の成長期、やっと終わったんだ!!やったよ、お兄ちゃん!!」
歓喜の声を上げ、いつぞやのように光輝を転げたまま抱き寄せた。横になったままでも長い育枝の腕にかかれば立っている光輝を抱き寄せるのは容易だった。
その他のデータもとったが、どの部位も全く数値は変わっていなかった。
育枝:小学校六年 身長310cm B.147cm W.103cm H.150cm 股下168cm 足 57cm
光輝:小学校六年 身長165cm
花が咲いたように喜ぶ育枝と喜びを共にする光輝。
しかしその裏腹、彼は今まであんなに長期間、急成長していた彼女が急に成長を止めたことに不自然さと不可解さを抱かざるを得なかったのだった。
「いや、これ以上なんて、あるわけないか…な……?」
「ん、光輝お兄ちゃん、何か言った?」
「いや、何でもないよ」
何か、“秘めたるもの”が、彼女の中に、まだあるのではないか、と。