スーパーガール綾門さん

 「えーと…綾門さんだよね?」
 「………」
 夕暮れの屋上。
 そこで出会ったのは、制服を着た同じクラスの綾門まどか(あやかど・―)さんだった。
 「なにしてるの?」
 「………この子が降りれなくなって、困ってたから…」
 そう言って綾門さんは、自分の胸元に目を向けた。
 そこにはまだ子供のような黒猫が、怖さからか完全に硬直して綾門さんに大人しく抱きかかえられている。
 
 こう書くと、それほどおかしく感じないようなシーン。
 だけどちょっと普通じゃないのは、僕が3階建ての高校の屋上にいて、彼女がそこから軽く5mは離れた学園一の巨木の枝に立っている。
 「今、下から飛んできたよね?」
 「………」
 「木を登ってきたんじゃなくて、ビューンって。下から勢いよく、急に現れたし」
 「………」
 綾門さんは無言のままだ。
 だが反論もないところをみると、どうやら誤魔化す気はないらしい。
 今言った通り、綾門さんは突然僕の視界へと姿を現した。
 部活も入っていない僕が、なんとなく上った屋上で木に登り硬直してしまってる子猫を見てオロオロしていたところに、突然現れた綾門さん。
 それはまるで、漫画の世界の正義の味方みたいで…って、
 「もしかして綾門さんって…あのスーパーガール!?」
 「!!」
 声は出さなかったが、綾門さんの顔が驚いたようなものに変わった。
 これはあれだ、前に冷蔵庫に入れておいたプリンが突然無くなって、そのことを小学生の妹に問い掛けた時の
顔と同じだ。
 おそらく図星だったんだろう。

 スーパーガール
 人間離れした力と様々な特殊能力で事件を解決し回っている超人。
 存在は確認されているが、それが誰かまでは特定されていない謎の人物。
 金髪でモデル体型の絶世の美女だとか、80過ぎてるお婆さんだとか、小学生並みの背丈の小さい女の子だとか、
様々な噂が飛び交う存在。
 それが僕の知る、スーパーガールについての情報の全てだ。

 黙ったままだけど綾門さんの顔には汗が流れ、思いっきり緊張してしまっているのがわかる。
 お互いに、黙って見つめあってしまう。
 なんだか声を出すタイミングがつかめなくて、何とも気まずい雰囲気だ。
 でもこのまま固まってても仕方がないし…っと、僕が途方に暮れていると…
 『ニャー………』
 「「あ!」」
 力無い子猫の声が、綾門さんの胸元から聞こえた。
 どうやら緊張していたのは、僕らだけではなかったらしい。
 そして緊張に耐えきれなくなった子猫は、非難の意味も込めて声を上げたようだった。
 子猫の声に、それまでの張りつめていた雰囲気が緩んだような気がした。
 綾門さんもそうだったのか、二人で一度子猫を見たあと、もう一度視線が合った時にはさっきまでの緊張しきっていた表情は少し柔らかくなっていた。
 「…今そっちに行くから…下がって…」
 僕に向けてそう告げると、綾門さんはふわりと身体を浮かし、僕のいる屋上へと飛んできた。

 そう、飛んできたのだ、跳んでではなく。
 高いフェンスを易々と飛び越えて、まるで重さが無いかのように、音も立てずに僕の目の前に着地を決める。
 その動きに、僕は声を出すこともできなかった。
 着地の際にスカートが翻って、なにやら白いものが目に入った気もするけれど、それは大きな問題じゃない。
 地球の物理法則を無視したその動きが、ただただ衝撃的だったからだ。
 そしてそんな衝撃的な動きをした綾門さんは、もう一つ、衝撃的なセリフを僕に吐いてきた。
 「…こんにちは…スーパーガールです…」
 サラリと言われたそのセリフは、中学の時に遊びでやられたパイルドライバーを、マットを外れて床に落とされた時以来の衝撃だった。

 高校1年生の僕、更級達樹(さらしな・たつき)は、とにかく普通の男子生徒だ。
 体型は中肉中背、勉強や運動もまぁ平均的。
 話したりする友達は何人かいるけれど、積極的な性格じゃないので交友関係が特に広いわけでもない。
 きっとドラマなどで高校生の役を振られても、一般生徒Aとかで終わってしまうだろう。

 では綾門さんはというと、こちらはクラスではちょっと変わってる…というか少し浮いて
いる存在だ。
 ちょっと時代遅れっぽい大きめなメガネとおさげが印象的で、女子にしては背が高くて身長は170cmぐらい。
 休み時間などはいつも一人で本を読んでいて、クラスメイトと仲良く話している姿とかは見たことがない。
 勉強はかなりできて、廊下に貼りされたこの前の中間テストの結果は上位10番に名前があった。
 が、運動は苦手なようで、この前の体育祭の時は、短距離走に出てぶっちぎりでビリだった。
 つまり、身体は大きいけれど地味めな外見で、勉強はできるけど運動はダメダメ。
 ついでにあまり人付き合いも得意じゃない、というのが僕の持っていた綾門さんのイメージ。
 そんな、ちょっと変わった綾門さんだけど…どうやら人間ではなかったらしい。
 
 「えーと綾門さん、一つ質問が…って、こっち向いてー」
 「…何?」
 しゃがんで子猫を解放した後、その喉をチロチロとくすぐっていてこちらを絶賛無視しまくり中の綾門さんに、ついつい情けない声を上げてしまう僕。
 そんな僕の声に応えて、綾門さんはようやく猫から視線を外して僕を見てくれた。
 おもいっきり無表情で、なんだか作り物のようなイメージを受けてしまう顔だった。
 それはまるで、精巧なロボットとかリアリティ溢れるマネキンとか、そんな印象を受ける表情。
 これまでじっと見たことが無かったから気がつかなかったけど、確かにこういう表情を見ると綾門さんが人間じゃないっていうことに真実味を感じてしまう。
 それはさておき。
 「綾門さん、スーパーガールだっていうのは…本当?」
 大事なことなので、2回聞いてみた。
 すると綾門さんは無表情のまま、ゆっくりと立ち上がる。
 「…さっき飛んだのじゃ…証拠にならない?」
 立ち上がると、僕よりも少し背の高い綾門さんが見降ろしてきた。
 ぱっちりとした大きめな眼は、まるで全てを見透かすかのような不思議なものに見える。
 …あれ?野暮ったいメガネや地味なおさげについつい眼がいって、今まで気がつかなかったけど…綾門さんって実はかなり可愛いんじゃないかな?
 色白な肌も綺麗で、鼻筋もスッキリ通ってて整った顔立ちだし………って、見惚れている場合じゃないか。
 「一応ね、なにかトリックがあったりするかもしれないし…。もっとこう、これぞスーパーガール、っていうものを見せてもらいたいかなって…」
 トリックならトリックで十分凄いのだけど、やっぱり確認はしておきたいから。
 「…そう…わかったわ。じゃぁ更級君…5秒だけ眼を瞑ってて…」
 「え?…う、うん、目を瞑ればいいんだね?」
 「…ええ…そのまま5秒数えて…」
 綾門さんの言葉に素直に従って、僕は目を閉じた。
 いったい何が起きるのだろう?
 不安と期待が半々といった感じで、ゆっくりとカウントをしていく。
 「5…4…3…2…1…0!」
 そして言われた通り5秒数えて目を開けると、まったく同じ場所に綾門さんは立っていた。
 ただその姿は…さっきとはちょっと変わっていた。

 「…どう?」
 確認するかのように、腰に手をあてた姿の綾門さんは小さく首を傾げて聞いてきた。
 その姿は、確かにスーパーガールと呼べるものだったかもしれない。
 でも微妙に…というかかなり、以前ビデオで見た姿とは違う気がした。
 ビデオのスーパーガールは、Sの字が大きくプリントされた長袖の青いレオタードに、赤いスカートとブーツ、そしてマントという姿だったはず。
 でも今の綾門さんは違う。
 Sの字のプリントされている青い服は着ているが、それはレオタードのように全身を覆うようなものではなく、胸元を隠すだけのチューブトップ型のものだ。
 そして下半身も、スカート代わりの赤いフリルがついた青いビキニに、ブーツではなくヒールの高い靴を履いている。 なんというか…スーパーガールというよりは、レースクイーンといった方が納得できるような格好だ。
 でも驚いたのは、その格好だけじゃない。
 綾門さんのスタイルが、凄まじすぎるのだ。
 水着(と呼んだ方がしっくりくるのでそう呼びます)を弾き飛ばしてしまいそうなぐらいに盛り上げる、圧倒的なサイズの爆乳。
 細く括れながらも、うっすらと割れ目のあるアスリートのような引き締まった腹筋。
 肉付きのいい、女性らしく丸みのある大きなヒップ。
 そして女性としてはかなり高い、170cmはある身長。
 それはもはや普通のグラビアアイドルなどでは足元にも及ばない、スーパーモデルとしても十分世界に通用するような、グラマラスすぎる肉体だった。
 「あ、綾門さん、なの?」
 「…ええ。更級君…驚いた?」
 ガクガクと、まるで壊れた人形のように首を縦に振ってしまう僕。
 あの綾門さんが、こんな凄いスタイルをしていたなんて…しかもこんなセクシーな格好を………。
 驚いてしまうに決まってる。
 「…そう、良かった。でもまだ途中…後はこれを取れば…本当の私になるの…」
 驚く僕に満足したのか、それまでの無表情から初めて少し微笑むような表情になると、綾門さんは髪に手をかけた。

 するすると、おさげ髪が解かれていく。
 解けた髪はまるで美しい日本人形を彷彿させ、柔らかそうで艶やかなストレートの黒髪はそれだけでこれまでの地味めだったイメージを一変させる。
 そして最後に、まるでわざと顔立ちを隠すかのように掛けられていた大きいメガネをゆっくりと外すと、ついに本当の綾門さんの姿が露になった。
 「うわぁ…」
 失礼だったかもしれないけど、これ以上言葉が出なかった。
 完璧なスタイルに続いて現れた、背筋に電流が走るかと思うぐらいぞっとする、整った美しい素顔。
 美女とも美少女ともいえそうだけど、とにかく美しいその顔に、僕はただただ立ち尽くすしかなかった。

 「…それじゃ…始めるね…」
 「え?」
 ちょっと変わったクラスメイトが、実は完璧なプロポーションを持つ絶世の美女で、おまけにスーパーガールだった…
 そんな漫画みたいな展開についていけず、呆然としてしまっていると、すでに綾門さんは動きだしていた。
 一瞬、突風が吹いた。
 その後、何故か、本当に何故か、綾門さんの手には長い鉄製のベンチが握られていた。
 「………綾門さん…それどこから持ってきたの?」
 「…あそこから」
 綾門さんが屋上の隅を指さす。
 確かにそこには、ベンチがあったはずだ。
 かなり大人数で座れるように作られた、長い鉄製のベンチが。
 「…でもさっきは、持ってなかったよね」
 聞いてみたけど、間違いないはずだ。
 ついさっき綾門さんの正体を知った時、彼女は両手を腰に当てていたし、そこにベンチは置かれていなかった。
 なのに今、彼女の手にはそれが握られていて、僕の目の前に立っている。
 「…だから…取ってきた…」
 「もしかして今の一瞬で!?」
 ここからベンチがあった場所までの距離は、確か50m程。
 その距離を一瞬で移動して、さらにベンチを持って戻ってくる…そんなことできるわけが…
 「…これでもゆっくり走ったの…。あんまり速く走ると…更級君も子猫も…吹っ飛んじゃうから…」
 …本気を出せば時速800万kmで移動できてしまうスーパーガールにとって、今の動きもかなり加減してゆっくり移動したようなものだったらしい。

 「…それより…見ててね…」
 綾門さんはそう言うと、手にしていたベンチを頭上高く持ち上げた。
 長い鉄製のそのベンチは、大人数が座っても大丈夫なようにかなり丈夫に作られている。
 そのため、重さもかなりありそうなんだけど…
 「す、凄いね…」
 「…?…こんなの…綿を持ち上げてるのと…変わらない…よ?」
 不思議そうな表情をすると、綾門さんは片手を放し、さらに残った右手の人差指だけで、ベンチを支え始めた。
 多分150kgぐらいはあるはずなのに…それを片手で持ち上げるパワーと、ピクリとも身体を動かさないバランス感覚…やっぱり綾門さんって、スーパーガールなんだ…
 「…更級君…これぐらいで驚いていたら…この後大変だよ…」
 驚く僕にその美しい顔で優しい微笑みを向けると、もう一度両手でベンチを持ち上げた。
 そして、
 メリメリメリメリメリ………
 耳障りな音をたてながら、ベンチが折畳まれていく。
 言うまでもないけど、折畳式の物じゃない。
 やり過ぎなまでに頑丈に作られている、鉄製のベンチをだ。
 それが半分に畳まれ、
 メリメリメリメリメリ………
 それだけでは飽き足らず、さらに折畳まれていく。
 1回、2回、3回、4回………
 力を込めているような素振りなどまるでなく、まるで折り紙でも折るかのように、綾門さんの手によってベンチは
圧縮されていく。
 「…これで…仕上げ…」
 メリメリメリ………ギュギュギュ………
 言葉の通り綾門さんは仕上げに入ると、もはや原形を留めていない鉄塊を器用に丸めていった。
 「…はい…完成…」
 そう言って僕に差し出してくれたのは、彼女の手でピンポン玉と同じぐらいのサイズにまで圧縮された、ついさっきまでベンチだったものだ。
 「…これならスーパーガールの証拠に…なるかな?」
 少し恥ずかしそうに、はにかむような表情でそう言われ、僕はどう答えたらいいのか悩んでしまった。

 「…持ってみる?」
 「え?」
 綾門さんは僕に近づくと、手に持つ鉄塊を渡そうとした。
 冷静に考えれば、持てるはずがなかったんだ。
 今はピンポン様サイズとはいえ、元は150kgという重量の大きなベンチなのだから。
 でも綾門さんが、まるで綿でも持つかのように軽々と持っていたから…僕はついつい受け取ってしまった。
 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 これまで持ったことのない重量が、両肩に圧し掛かる。
 肩が抜ける!そんな数秒後の展開が脳裏によぎった瞬間、突然その重さが無くなった。
 「…ごめんなさい…普通の人には…無理に決まってるのに…」
 気がつけば、綾門さんの顔が目の前にあった。
 本当に目の前、息がかかるかのような距離。
 綾門さんは眉尻を下げ、まるで今にも泣き出しそうな困った表情で、身体を前に傾けて片手で鉄塊を持ち上げてくれていた。
 「あ、ありがとう」
 「…今のは私が悪かったんだから…お礼を言われる必要はない…」
 「でもその、綾門さんに助けてもらえたのが、なんだか嬉しかったから…だから気にしなくていいよ」
 ハハハ…と、苦笑いを浮かべながら綾門さんから視線を外して、ポリポリと頬を掻いた。
 確かに本当なら怒ってもいい場面かもしれない。
 けど、本気で心配してくれている綾門さんを見たら、そんな気は微塵も起こらなかった。
 「…更級君がそれでいいなら…いいけど…」
 そんな僕を、綾門さんは困惑したような表情で見ている。
 「……しなくんって………さしい…」
 「え?」
 「…な、何でもない…」
 声が小さくて初めが聞き取れなかったけど、なぜか綾門さんは顔を赤くさせながら慌てたようにブンブンと首を横に振った。
 一体どうしたんだろう…

 「…あの、更級君…お願いが…あるの…」
 「お願い?」
 少し時間がたった後、ようやく落ち着いたのか、綾門さんは大きな目でじっと僕を見つめて口を開いた。
 「…私がスーパーガールだっていうこと…誰にも言わないで欲しいの…」
 綾門さんの真剣な眼差しが、僕に突き刺さる。
 それだけで彼女の言っていることがどれだけ大事なことなのか、伝わってくる気がした。
 確かに正体がバレたら、マスコミは放っておかないだろうし常に周りの視線にさらされることになるだろう。
 それに彼女のことを快く思っていない人達…組織とか組とか壊滅させられたりしているような悪い人達からも目を付けられるわけだから…問題が起きるのは間違いない。
 となれば答えは一つ、
 「もちろん言わないよ」
 何も好き好んで問題を起こすつもりはないので、あっさりとそう答えた。
 それにもう一つ、もっと大きな理由もあるし。
 でも綾門さんにとっては、僕のそのあっさりとした答えは意外なものだったらしい。
 「…本当?」
 少し驚いたような表情で聞き返してきた。
 「そんなに驚くような答えだった?」
 「…少しだけ。…私の情報を売れば…かなりのお金になるから。…だからこれまでも、私のことを知って売ろうとした人…何人かいたから…」
 そう言った綾門さんの顔に、暗い影が落ちる。
 綾門さんの言う通り、あのスーパーガールの正体なら、誰もが知りたいに違いない。
 そのためなら大金を払う人もかなりいるだろう。
 …っていうか、正体何人かにバレてるんだ。まぁ、子猫助けるためにいきなり飛び上がったりする人だからなぁ…。
もしかして綾門さんって、実は結構天然なのかな?
 「…でも、バレたら綾門さん困るんでしょ。僕は困ってる綾門さん見たくないし」
 「………それが理由?」
 「一応一番の理由だけど…おかしいかな?」
 聞き返すと、綾門さんはまたもやブンブンと首を横に振った。
 でも相変わらず顔は赤くて、それになんとなく、嬉しそうな表情に見える。
 そんなに嬉しがられるようなこと、言ったつもりじゃないんだけど…まぁ、悲しまれるよりはいいのかな。


 「…あの…」
 「ん?」
 「…お願い聞いてくれたお礼…するから…。私に出来ることなら何でも…言って…」
 ピンポン玉サイズの鉄塊を人差し指と親指で持った状態で、綾門さんの顔が迫ってくる。
 「お礼?」
 「…そう。例えば…迷惑している組織とか組がいたら…潰してあげる…。こんな風に…」
 綾門さんの指に挟まれ、常人ならへこますことすら出来ないであろう鉄塊が、まるで綿のように一瞬にしてぺちゃんこに潰された。
 何度も言うけど、鉄塊だ。
 こんなに小さいけど、さっき僕が持とうとして、肩が抜けそうになった150kgという重量の。
  「あ、綾門さん、別に迷惑してないから!土地を狙われて地上げさせられたりとか、変な取引現場を見てしまって
命を狙われたりとか、そんな漫画みたいな展開ないから!」
 「…そう…残念…」
 僕の力一杯の否定に、少し寂しそうな表情になる。
 …綾門さん、そんなに厄介事に巻き込まれていて欲しかったのかな…
 「…じゃあ他にはない?…私に出来ることなら…なんでもする…」
 ズイッと密着するぐらいの距離にまで詰め寄られ、綾門さんの顔がさらに近くなる。
 つい見惚れてしまう美貌と、抜群のスタイル。
 そしてその身体から漂ってくる、甘い香り。
 それなのに、子猫が困ってたら放っておけないような優しい性格。
 そんな不思議で可愛いスーパーガールの綾門さんが相手だったから、あの時の僕はあんなとんでもないセリフをためらいもなく口にしてしまったんだと思う。
 「…それじゃ綾門さん、僕の彼女になって欲しい!」
 本当に、そのセリフを言うことにためらいは無かった。
 
 「あ…う…」
僕の告白を聞いた綾門さんは、目に見えて動揺していた。
顔は熟れたトマトのように真っ赤になり、言葉にならない声を上げて見ようによっては怯えているかのような表情で僕を見つめている。
「やっぱり迷惑だったよね!ごめん、こんな酷いこといきなりお願いしちゃって…」
「ち、違う!」
初めて聞いた、綾門さんの大きな声。
意外な声に僕は驚いてしまったが、どうやら発した綾門さんにとってもその声の大きさは意外なものだったらしい。
信じられないような表情で自分の口を手で隠しながら、今度はいつもの小さな声で言葉を続ける。
「…違う……迷惑じゃない……」
「綾門さん?」
「…迷惑じゃなくて……嬉しくて……」
「え?」
「…更級君……やさしくて……いい人だから……」
徐々に動揺は収まっているみたいで、大事に言葉を選ぶように、いつもの抑制された声で呟くように話す。
「…だから…告白されたの…嬉しかった…」
「そ、それじゃ!」
綾門さんは、コクンと首を小さく縦に振った。
そして決心したかのように僕を見つめると、
「…スーパーガールだけど…彼女にして下さい…」
そう言いながら綾門さんは手を伸ばすと、僕の手を握り締めた。
そしてそのまま、綾門さんは僕の身体を引き寄せると、いきなり唇を重ねた。

「!!」
身体が密着すると、綾門さんの豊かな胸が僕の胸板に押しつけられる。
そして唇が重ねられると同時に、綾門さんの舌が口内に侵入してくる。
口内を蹂躙するように、ゆっくりと、それで味わうように動かされる綾門さんの舌。
ディープキスなんてしたことはなかったけど、普通でないに違いない。
だってキスをされただけで、僕の身体は麻酔でも撃たれたかのように痺れて動かせなくなってしまったのだから。
僕も必死に舌で押し返そうとするが、スーパーガールの彼女にとってそんな僕の抵抗は些細なものなのだろう。
むしろそんな些細な抵抗が楽しかったのか。やすやすと受け止めると、今度は舌を絡めて弄ぶようにまた動かし始めた。

周りから、僕らの姿はどう見えているんだろう?
綾門さんは楽しむように、僕の身体を優しく抱き締めながらキスを続けている。
一方僕は、彼女の舌使いに抵抗する力すら奪われ、全身から力が抜けきってしまっている。
もはや舌での抵抗すらすることもできず、ただ綾門さんにキスされるだけの存在。
もし綾門さんが手を放したら、まるで糸の切れた操り人形のように僕の身体はだらしなく地面に崩れ落ちるだろう。
「…更級くん?」
何一つ抵抗も出来ない僕に気がついたのか、綾門さんはようやく唇を離してくれた。
そして僕が今にも倒れてしまいそうな僕の状態に、綾門さんの顔が少しだけ悲しげなものに変化する。
「だ、大丈夫だよ、綾門さん。ちょっと驚いただけだから…」
「…本当?」
「うん。あんなキス初めてだったから…凄いね、綾門さんって」
「…私のキス…そんなに凄かった?」
「え?う、うん、凄い舌使いだったし…その…気持ち良すぎて、今も身体に力が入らないよ」
相変らず綾門さんに抱き締められながら、苦笑を浮かべてしまう。
そんな僕の表情に、安堵したのか綾門さんの顔も少し柔らかいものになる。
「…そう…でも…私にとっては優しく…キスしただけ…」
「そうなの?」
「…うん…本気で動かしたら…更級君の頭…吹っ飛んじゃうかも…」
そう言うと、綾門さんは舌を伸ばしてペロリと僕の唇を舐めた。
優しい綾門さんがそんなことをするとは思わないけど、背中に冷たい汗が流れた。
改めて、スーパーガールと人間の力の差を感じる。
綾門さんは本気でキスすれば、ただそれだけで僕みたいな普通の人間を殺すことが出来るのかもしれないのだ。

「…大丈夫…だから…」
綾門さんは、ほんの少しだけ抱き締める力を強めた。
それはまるで不安がる僕を安心させるかのような、優しくも力強い抱擁。
「…更級君を傷つけるなんてこと…しないから…」
僕を抱き締めながら、綾門さんは頬を摺り寄せてきた。
「綾門さん…」
「…だから…甘えさせて…」
そこにいたのは、撫でるだけで人間を肉塊に変えられる程の力を持つ冷静沈着なスーパーガールではなくて、僕なんかを好きになってくれた、優しくて甘えん坊な一人の女の子だった。
そんな甘えるようにスリスリと頬を動かす綾門さんの姿を見て、僕はほとんど力の入らなかった腕に必死に力を込めた。
本当にゆっくりとだけど、僕の手は動いて綾門さんの頭の上に伸びる。
「………ん♪」
なでなで………
僕の手が綾門さんの頭を撫でると、とても気持ち良さそうな表情を浮かべる。
いつもの感情に乏しい姿からは想像できない、今の綾門さんの姿。
普段見ることのできない、今僕にだけ見せてくれているこの可愛らしい綾門さんの姿に、胸の鼓動は高鳴るばかりだった。
僕はその姿を見せてくれることに、僕もまた幸福を感じていた。


「………ありがとう…もういい…」
数分ほど僕のなでなで攻撃をくらい続けた後、綾門さんは僕の身体を解放してくれた。
その表情は、さっきまでの『はにゃ~ん』とした気持ち良さそうなものではなく、いつも教室で見るような感情を抑制したものへと戻っていた。
もしこの屋上で会う前だったら、綾門さんの冷たいようにも見えるその表情に僕は逃げ腰になっていたはずだ。
でも、今の僕は違う。
本当の綾門さんは少し天然っぽいところはあったりするけど、優しくて可愛い、無敵なスーパーガールだということを知ってしまったから。
しかしそんな綾門さんも、今では僕の彼女なわけで…
落ち着きを取り戻した感じの綾門さんをじっと見てみると、その顔はまだ赤みが残っていた。
「…なに?」
「え?えーと…その…やっぱり綾門さん、可愛いなぁって…」
「………あう…」
ボンッと音でもしそうなほど、一瞬にして顔が真っ赤になった。
でもって、あうあうと声にならない口の動きをさせながら、思いっきり動揺しつつ僕を見下ろしている。
うわぁ、こんな反応も本当可愛いよ綾門さん!
僕はもう我慢できなかった。
想像してもらいたい。
いつもは物静かでクールなイメージのある女の子が、突然目の前で僕だけにこんなにも可愛らしい仕草を見せてくれたら…い、悪戯したくなるよね?
というわけで、悪戯と言えばやっぱり、

ツンツンツンツン…

「…あうううう………」
頬をつつくことだろう。。
困ったような嬉しいような表情になりながらも、綾門さんは身体を震わせ身悶えさせながらもされるがまま。
「…んんっ!…あう…んっ………」
って、なんだか声が妙に艶っぽくなってきて、凄く潤んだ瞳で僕のこと見てきてるんだけど…
「…さらしな…くぅん…」
う………やっぱり可愛すぎる…
でも、これ以上学校でするのはやっぱりまずいよな…
僕はもう少し悪戯したい気持ちをどうにか押し殺して、綾門さんから離れた。

「…もう…おしまい?」
綾門さんの表情が、ほんの少しだけ不満そうなものに変わる。
それはまるで、お腹を撫でられていたのをいきなり止められた子犬のように見えた。
「お、おしまい!もう時間も遅いし、そろそろ帰らないと、ね?」
これ以上悪戯を続けたらこっちの理性が持たなくなる、なんて本音はもちろん言うことはできず、小さい子に言い聞かせるような口調で説得した。
なんだかんだでもうそろそろ5時の時報が流れそうな時間だし…納得してくれるよね?
「………わかった…じゃぁ今日はおしまい…」
「うん、そうだね!」
「…それじゃ…一緒に帰ろう」
「うんうん、そうだね…って、え?」
突然の提案に、一瞬答えが詰まった。
確かに恋人同士になったんですから、一緒に帰るのはおかしくない。
でも僕は、綾門さんの家がどこなのかも知らないんだけど…
「…軽くマッハ100ぐらいで…飛んで帰る?」
「あ、あ、あ、歩いて帰ろう!二人で一緒に、ゆっくりと!」
「…ゆっくり?」
「そう!あっという間に着いたらつまらないでしょ!」
「…うん…恋人同士で…ゆっくり下校…♪」
綾門さんの顔が嬉しそうにほころぶ。
マッハ6000以上で飛べる綾門さんにとっては、準備運動ぐらいの軽い速度だろうけど…普通の人間なら風圧でどうにかなってしまうだろう。
「…それじゃ…準備してくる…玄関で待ってるから…」
「あ、うん」
「…ちょっとだけ…お別れ…」

チュッ☆

頬に軽く綾門さんの唇が触れた。
そしてその感触に驚いている間に、気がつけば綾門さんの姿が消えている。
あの一瞬で、優しくキスをしてから屋上から飛び降りていったらしい。
「やっぱりスーパーガールなんだなぁ…」
屋上に残されたのは、僕と、元ベンチだった鉄の板。
そして…
「…お前も一緒に行く?」
にゃー♪
僕の足にスリスリと頭を擦りつけている子猫にそう尋ねると、何とも嬉しそうに答えた。
まぁ、僕たちの出会いのきっかけになったわけだし…大事にしてあげたほうが、いいよね?