ななみねえ
「おい、七海姉ぇ!」
「ん~~~~~?」
俺の声に反応して、目の前の巨体がゆっくりと動いた。
「あれ?ゆーくん?っていうことは…部活の時間?」
「そうだよ、だから早く起きろって!」
ようやく目が冴えてきたのか、ゆっくりではあるが七海姉ぇは身体を起こし、そして立ちあがった。
「全く…どうしてそういつも、柔道場で寝てばっかりいるんだよ!」
「ん~。だってぇ、今日はすごく天気が良かったからついうとうとと…」
「昨日は寒かったのに寝てただろう」
「ええっと、それはそれで~♪」
七海姉ぇこと大空七海(おおぞら・ななみ)は、ほんわかした優しい笑みを浮かべながら、俺を見下ろしてきた。
相変わらずでかい。
身長202cm、体重は一応ヒミツ。
決して太っているわけでなく、その柔道着の下には鍛え抜かれた筋肉に女性らしいほどよい脂肪のついた、
ムチムチのグラマラスな肉体が隠れていることを俺は知っている。
15歳なのに現在柔道無差別級世界選手権3連覇中。来年のオリンピックも金メダルが確実視される最強の柔道家。
それが目の前にいる、俺よりも40cmは背が高い大空七海である。
「もうそんな時間だったんだぁ…。それじゃぁゆーくん、乱取りでもしようかぁ♪」
「ああ。俺の方はもう準備運動終わってるから」
名前を呼ばれ俺は一礼して七海姉ぇの前で構えた。
七海姉ぇも構える…が、いつも通り、力感を感じない構え方だ。
(今日こそ勝ってやる…)
固い決意を心に宿し、俺は七海姉ぇに向かっていった。
「………にーじゅしち・にーじゅはち、にーじゅきゅ・さーんじゅ」
「はい、これで私の一本勝ち。今日もまた私の10戦10勝ね~♪」
「……………」
俺は声が出なかった。
いや、七海姉ぇに負けたからではない。
確かに軽々と投げられ、毎回1分もかからずに一本負けしたのはショックではある。
だが声が出ないのはもっと別の理由がある。
試合が終わったのにもかかわらず、今だに俺を抑え込んでいる七海姉ぇの爆乳が俺の顔を塞いでいるのだ。
だから正確には、無言でいるわけではない。必死に声を上げようとじたばたもがいているのだが、七海姉ぇは解放してくれない。
ただ俺の身体を、優しく抱き締めてくれていた。
でもそれだけで、七海姉ぇは相手を簡単に落としてしまうのだ。これから意識を失うだろう、俺みたいに…
「これで通算何連勝になるのかしら。中学からだと…1000連勝ぐらい?」
目が覚めると、見慣れた高い天井が視界に入った。
初めは戸惑うことも多かったが、こう毎日最後に落とされていたら、どういう状況なのか察しが付く。
ここは柔道場で、隣には七海姉ぇがいる。
うちのお隣さんで、一つ年上の幼馴染。
物心つく前から、姉のように接してきた存在。
そして今は…告白したい相手。
「全く、どうしてゆーくんは、私と勝負をしたがるのかしらぁ?こんなに体格差があって、勝てるわけないのに…」
力の差がありすぎるのはわかってる。悔しいが、七海姉ぇが俺に怪我をさせないよう、手を抜いて闘ってくれていることも。
それでも、決めているのだ。七海姉ぇに勝ったら、好きだということを告白しようと………
「もう、好きな子を落とさなきゃいけないおねーさんの気持ち、わかって欲しいなぁ…」
………え?
俺は驚きのあまり、目を瞑って体を硬直させた。
「はぁ…私もこんなに身体が大きくなくて、可愛らしい体型だったら…告白とか出来ちゃうかもしれないのに…」
七海姉ぇが溜息をついた。そっか、身体が大きいこと、気にしてたのか…
「でも、いいか。一応こんな役得、あるんだしぃ♪」
チュッ☆
唇に、柔らかい感触が重なった。
い、今のってもしかして…
「えへへ~無理に闘ってあげてるんだもん、これぐらいはいいよねぇ♪」
上機嫌な声が聞こえる。
もしかしていつもこんなことしてたのか、七海姉ぇ!?
考えてもいなかった七海姉ぇの告白と行動に、俺の頭は真っ白になっていた。